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日本の情報漏洩とAI時代のサイバー攻撃 ── CODASが守ろうとしているもの

CODAS 最高プロジェクト責任者 長谷川 潤

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2026年9月1日から10月8日までの約5週間で、国内では120件を超える情報漏洩・不正アクセスが公表されました。そのうち少なくとも24件は、公表された件数が10万件を超えています。最終日の10月8日だけでも、ビッグエコーなどを運営する第一興商が、委託先の端末感染で顧客と従業員の情報約872万件に漏えいのおそれがあると公表しました。焼肉きんぐの公式アプリでは会員約1,079万件、タイムズカーでは約660万アカウントと、そのうち約160万アカウント分の本人確認書類が外部に取得されています。 同じ時期、海外では、AIエージェントがほぼ自律的にECサイトへ侵入し、60万件超のカード情報を盗んだ事例が報告されています。攻撃1件あたりのコストは数十ドル程度です。攻撃は人の手を離れ、安く、速く、大量になりつつあります。 決済の仕事を長く続けてきた私にとって、カード番号ひとつを守ることがどれほど重いかは身に染みています。だからこそ、いま起きていることを数字で整理し、CODASが何に取り組んでいるのかを書いておきたいと思いました。

数字で見る現状

ランサムウェア被害は2026年上半期に123件となり、警察庁が統計を取り始めた2020年下半期以降、半期として過去最多です。統計は出す機関ごとに対象と期間が違うため、並べて見ると全体像がつかめます。 月ごとに見ると、増加は一時的なものではありません。ScanNetSecurityが取り上げた事故・インシデント記事の本数は、2026年は1月から8月まですべての月で前年同月を上回りました。1〜8月の合計は500本から713本へ43%増え、8月は前年同月の約1.8倍にあたる126本に達しています。

統計 対象・期間 件数
SmartScope 公表事案一覧 国内で公表された漏洩・不正アクセス(2026年9月1日〜10月7日) 120件(うち10万件以上が23件)
セカヤサ 情報漏洩Tier表 2026年に公表された国内の事案(10月8日時点) 153項目
警察庁 ランサムウェア被害報告(2026年1〜6月) 123件(中小企業79件、製造業37件)
個人情報保護委員会 漏えい等報告の処理件数(2026年4〜6月) 個人情報6,101件
個人情報保護委員会 年次報告 漏えい等報告(2025年度) 民間17,139件+行政機関2,278件
東京商工リサーチ 上場企業と子会社の漏えい・紛失事故(2025年) 180件、158社、約3,063万人分

警察庁によると、脆弱性を探る不審なアクセスは1日・1IPアドレスあたり13,687件で、前年同期から50.7%増えました。ランサムウェア被害に遭った組織への調査では、侵入口の約5割がVPN機器です。 事態を受けて、JPCERT/CCは10月8日に注意喚起を出しました。9月前後から被害が相次いでいるとして、既知の脆弱性や管理不備を狙う攻撃、公開されたスマートフォンアプリを解析してAPIキーを割り出し内部APIを不正操作する攻撃、BIツール「Metabase」の脆弱性を突く攻撃の3類型を挙げています。 9月1日から10月8日までに10万件以上と公表された主な事案の件数を単純に足すと、延べ8,500万件を超えます(独自集計。件・人・アカウント・レコードの単位が混在し、重複も含みます)。実人数はこれより少ないはずですが、桁としては日本の人口に迫る数字が、わずか1か月余りで公表されたことになります。

何が盗まれているのか

盗まれているのは氏名やメールアドレスだけではありません。運転免許証などの本人確認書類、証券口座番号、パスポート、医療従事者の勤務先、健康状態まで含まれ始めています。直近の主な事案を、公表件数の大きい順に並べました。

公表日 組織 公表件数 主な漏えい情報 公表された入り口
9/16 Helpfeel(Gyazo) 利用者データ約2,362万件 利用者データ、画像のメタデータ約4.9億件 サーバーの脆弱性
9/24 EPARK リラク&エステ 約2,218万レコード 予約・顧客管理データ 非公表
10/5 物語コーポレーション(焼肉きんぐアプリ) 約1,079万件 会員情報(登録者のほぼ全員) 調査中
10/8 第一興商(ビッグエコー等) 約872万件(漏えいのおそれ) 顧客約863万件・従業員約9万件の氏名、生年月日、メール、電話番号 委託先の従業員端末の感染
9/15 ムラウチドットコム 約772万件 顧客情報 Webシステムの脆弱性
9/28 パーク24(タイムズカー) 約660万アカウント 会員情報、うち約160万は本人確認書類 調査中
10/6 ミスターマックス 最大約174万人 会員ID、氏名、メール、電話番号 ソフトウェア機能の悪用
10/5 GMOリサーチ&AI(infoQ) 最大約95万件 保有する個人情報の全件、ポイント約287万円分が不正交換 ソフトウェアの脆弱性
10/6 旭化成セラピューティクス 最大約51万人 医療従事者の氏名、所属施設、診療科 委託先で発生
9/11 デジタル庁(GSS) 約24.6万件 国家公務員らの氏名、住所、電話番号 VPN機器の脆弱性
10/5 大和証券 約22万件 約11万人分の氏名、メール、証券口座番号 委託先の管理サイトへの不正ログイン
10/2 第一生命 約12万人 従業員・退職者の人事情報 非公表
10/8 オリックス生命 約2.65万件 氏名、生年月日、証券番号、問い合わせ内容(医療情報を含む) 委託先の問い合わせ管理システム

傾向は三つあります。一つ目は、脆弱性の放置です。10万件以上の事案で入り口が公表された11件のうち、9件が脆弱性でした。二つ目は委託先と共通基盤を経由した連鎖です。問い合わせ管理サービスi-askの提供元が攻撃され、大和証券、シチズン時計、損保ジャパン、オリックス生命などに影響が広がりました。オリックス生命の分には、顧客が申告した医療情報も含まれます。10月7日にはIDCフロンティアのクラウドがランサムウェアの被害を受け、契約する495の企業・自治体のサービスが止まりました。三つ目はAIの業務利用に伴う漏えいで、RIZAPでは従業員が健康保険の加入者情報1万9,996名分を生成AIに誤ってアップロードしています。

被害額:一度の攻撃で数百億円が消える

サイバー攻撃の被害額は、いまや企業の年間利益を吹き飛ばす水準です。アサヒグループは営業利益ベースで400億円弱、アスクルは営業損益で約300億円の押し下げを受けました。公表された主な被害額は次のとおりです。

組織 攻撃の発生 公表された影響
アサヒグループHD 2025年9月(Qilinが犯行主張) 営業減益400億円弱(供給停止約200億円、障害関連費用約170億円)。決算発表は約5か月遅延
アスクル 2025年10月(ランサムウェア) 2026年5月期の純損失221億円。特別損失51億円、営業損益は約300億円押し下げ
トキハ 2026年 システム障害による減損で約27億円の債務超過
関通 2024年9月(VPN経由のランサムウェア) 会計上の被害総額17億円
信和 2026年 子会社がサポート詐欺に遭い2.5億円を不正送金
ベルトラ 2026年 代表へのなりすましで子会社から約5,000万円が流出

大企業だけの話ではありません。KPMGジャパンの2026年の調査では、被害額10億円以上という回答が初めて確認されました。警察庁の2025年の集計では、ランサムウェア被害の約6割が中小企業です。 見えにくい損失もあります。漏えいした本人確認書類や口座番号は、なりすましや特殊詐欺の材料として何年も使われ続けます。被害は企業の決算で終わらず、個人の生活に長く残ります。

AIが攻撃の「実行役」になった

AIは攻撃者の道具から、攻撃そのものを進める実行役に変わりつつあります。IPAの「情報セキュリティ10大脅威2026」では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が組織向けの3位に初めて入りました。2026年に入って、それを裏づける事例が続いています。

  • AIが攻撃の大半を自律実行(2025年11月):Anthropicは、国家支援型とみられる集団がAIのコーディングエージェントを使い、約30の組織を狙った諜報活動の大部分を自動化していたと公表しました。人間が判断したのは要所だけでした。
  • AIが作ったゼロデイ攻撃(2026年5月):Googleの脅威分析チームは、犯罪グループがAIで開発した、実際に使える未知の脆弱性の攻撃コードを初めて確認したと報告しました。二要素認証を回避する狙いでした。
  • AIエージェント3体でカード60万件(2026年9月):Gambit Securityによると、1人の攻撃者がオープンソースのAIエージェント3つを動かし、5日間で105件の攻撃を実行、少なくとも27社に侵入しました。2社から60万件超のカード情報が盗まれ、日本の旅行予約サイトでも関連スクリプトが配信されていました。標的1件あたりのコストは約25ドルです。

変わったのは攻撃の経済性です。かつては熟練したハッカーの集団が数週間かけていた偵察と侵入を、AIは数時間、数十ドルでこなします。専門知識の壁が下がり、攻撃は一部の専門家のものから、誰でも大量に実行できる「産業」になりました。 守る側にも新しい弱点が生まれています。社内データにつながるAIエージェントそのものが攻撃対象になり、見えない指示を埋め込んでAIを操る攻撃も実証されています。RIZAPの事例のように、善意の社員が機密情報を外部のAIに入力してしまう経路もあります。AIを使えば使うほど、データの通り道が増えるのです。

CODASが研究開発していること

CODASは、データを守ったままAIを使える基盤を、日本で、NEDOの支援を受けて研究開発しています。出発点の問いはシンプルです。AIに大切なデータを渡すとき、そのデータを誰が見られるのか。 決済の世界には、カード情報を「持たない・見せない・残さない」という鉄則があります。加盟店にカード番号を持たせず、トークンに置き換えて処理する。この発想をAIに持ち込めば、AIの利便性を手放さずに漏えいの面積を小さくできる。CODASの技術はこの考えを土台にしています。

研究開発している技術の一例

企業とAIモデルのあいだでデータを守るには、たとえば次のような技術が必要になります。CODASが研究開発しているのは、こうした技術です。

  1. 入力の検査:プロンプトインジェクションや不審な指示を、モデルに届く前に止めます。
  2. 個人情報の匿名化:氏名、口座番号、住所などを検出し、仮の値に置き換えてからモデルに渡します。モデル側には本物の個人情報が届きません。
  3. 処理中の暗号化:GPUの機密計算(TEE)を使い、計算している最中のデータも外から読めない環境で動かします。
  4. 出力の監査:回答に機密情報や不適切な内容が混じっていないかを確かめます。
  5. 元に戻して返す:匿名化した値を利用者の手元でだけ本物に戻します。
  6. 記録を残す:誰が、いつ、どのデータをAIに渡したかを監査ログに残し、個人情報保護法などへの対応を説明できるようにします。

大切なのは、これらを「守っています」と言うことではなく、技術で証明することです。データが本当にモデルに見えていないのか、処理中も読み取られていないのか、記録は改ざんされていないのか。第三者が確かめられる形で示せて初めて、企業は安心してAIにデータを預けられます。この証明の仕組みをつくることこそが、CODASの研究開発の核心です。なお、プライバシーゲートウェイ「Vaulta」は、こうした技術をツールとして試すために行った実験の一つです。 下の画面は、プライバシーゲートウェイの実験で使ったテスト画面です。表示している件数はデモ環境のもので、実際の運用データではありません。

ダッシュボードでは、AIモデルに届いたリクエストの数と、その途中で検出された個人情報がどう扱われたかを確かめられます。検出した個人情報は、匿名化して渡す、低リスクとして通す、リクエストごと止める、のいずれかに振り分けられます。

こちらは、1件のリクエストが認証、入力の検査、個人情報の検出、法域ごとのルール適用、匿名化、モデルへの中継、出力の監査、監査ログという8つの層を順に通る様子を示す画面です。日本語のビジネスメールを入れると、モデル側に何が届くかを事前に確かめられます。

日本の中で完結させる

もう一つの柱は、データの置き場所です。国内の計算基盤でAIを動かし、データが国外の事業者や法域に渡る経路を減らします。法律は変わりうるので、これだけを頼りにはしません。技術的に「見えない」状態をつくることを優先しています。

開くところと守るところ

プライバシー保護のライブラリと基盤モデルはオープンソースとして公開し、誰でも検証し、使えるようにする方針です。安全性を主張する技術ほど、外から確かめられる必要があると考えています。

いま、企業ができること

直近の事案から見える対策は、派手なものではありません。

  • VPN機器や公開サーバーの脆弱性を、公開から日数を置かずに塞ぐ。
  • 管理画面やメールのアカウントに、パスキーや多要素認証を必ず設定する。
  • 委託先が扱うデータと、その委託先のアクセス管理を棚卸しする。
  • 社員が使う生成AIに、どのデータを入れてよいかの線を引き、入れる前に個人情報を外す仕組みを用意する。
  • バックアップをネットワークから切り離し、復旧の手順を実際に試しておく。

攻撃はAIで安く、速くなりました。守る側も、人の注意力だけに頼る段階は終わっています。AIを使うこと自体が新しい漏えいの入り口になる時代に、データを見せずにAIを使える仕組みを社会の標準にしたい。CODASはそのための研究開発を続けていきます。

参照資料

警察庁「令和8年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」

@IT:ランサムウェア被害は過去最多(2026年9月17日)

個人情報保護委員会「令和8年度第1四半期における漏えい等報告の処理状況」

ScanNetSecurity:個人情報保護委員会 令和7年度年次報告

LOGISTICS TODAY:東京商工リサーチ 2025年上場企業の個人情報漏えい

SmartScope:情報漏洩・不正アクセスの企業一覧(2026年9月以降)

IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」

ビジネス+IT:Google報告書、生成AIが自律的な攻撃の実行主体へ

週刊アスキー:AIでサイバー攻撃のコスト激減(Gambit Security報告)

セキュリティ対策Lab:AIエージェントを悪用した攻撃、27社以上を侵害

共同通信:アスクル赤字221億円

セキュリティ対策Lab:アサヒグループHD 2025年12月期決算

LOGISTICS TODAY:関通 被害額17億円

IT Leaders:KPMG サイバーセキュリティサーベイ2026

Web担当者Forum:警察庁 令和7年のランサムウェア被害

共同通信:政府ネットに不正アクセス 24万件超

共同通信:大和証、22万件漏えいか

TECH+:JPCERT/CCが注意喚起(2026年10月8日)

セカヤサ:情報漏洩・不正アクセスTier表2026(10月8日時点)

第一興商:委託先における個人情報漏えいのおそれについて

オリックス生命:当社の委託先における個人情報漏えいの可能性について

IDCフロンティア:当社サービスの一部システムに対する不正アクセスについて(第2報)

SmartScope:情報漏洩が8〜10月に急に増えたのはAIのせい?(ScanNetSecurityの月別記事数)


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